職場の性別分業は、個人の選択の物語にどう入るか

職場の性別分業は、個人の選択を「本人の好み」だけで説明できないものにする。日本では、厚生労働省が男女間賃金差異の公表を企業に求め、育児・介護と仕事の両立を支える制度も整備してきた。こうした公的な可視化は、選択の背景にある配置、昇進、ケア負担を個人の外側の条件として捉える手がかりになる。

ただし、制度があることと、職場で選びやすいことは同じではない。長時間労働を避ける、管理職を目指す、非正規雇用を選ぶといった行動は、本人の意思であると同時に、期待される性別役割や評価の仕組みによって形づくられる。だから「なぜその選択をしたのか」を問うときは、性格や意欲に還元せず、誰がどの仕事を担い、誰のキャリアが中断されやすいのかまで見る必要がある。

個人の選択を尊重することは、分業を自然なものとして固定することではない。選択肢の幅を狭める職場の慣行を可視化して初めて、「自分で選んだ」という語りも、より正確になる。なお、制度の存在だけから個々人の事情や結果を推定することはできない。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です