軽油の値段は、なぜ暮らしの値段につながるのか
スーパーに並ぶ野菜、翌日に届く荷物、朝の路線バス、道路を直す建設機械。これらを一つの燃料から眺めると、普段は見えにくい生活費の仕組みが浮かび上がってくる。その燃料の一つが軽油である。
今回の出発点となった高市早苗氏のX投稿では、燃料価格への補助とともに、軽油が物流や公共交通、農業、漁業、建設などで使われていることが述べられている。燃料価格への補助という話を聞くと、まず思い浮かぶのは、給油所で軽油を入れるドライバーの負担だろう。しかし軽油の場合、問題はそこで終わらない。軽油は人が直接消費するだけでなく、商品を運び、農産物をつくり、漁船を動かし、工事を行い、人を運ぶためにも使われるからである。
資源エネルギー庁「燃料油価格激変緩和対策」では、ガソリンだけでなく軽油も対象となっている。これは燃料価格が急激に上昇したとき、その上昇を抑えるための措置である。軽油価格を考える際に重要なのは、「誰が給油所で安く買えるのか」だけでなく、その燃料を使って何がつくられ、何が運ばれているかを見ることである。
もっとも分かりやすいのは物流だ。
工場から倉庫へ、倉庫から店舗へ、生産地から市場へ、配送拠点から家庭へと、多くの商品がトラックで移動している。トラックの燃料費が上がれば、運送事業者の費用も増える。国土交通省がトラック輸送について燃料サーチャージの仕組みを設けていること自体、燃料価格が運賃の原価と無関係ではないことを示している。
ただし、「軽油が10円上がれば商品もその分だけ高くなる」というほど単純ではない。
燃料費が上昇したとき、運送会社がその増加分を自社で吸収する場合もあれば、荷主との交渉を通じて運賃へ転嫁する場合もある。荷主がさらに商品の卸売価格や販売価格へ反映するかどうかも別の問題である。契約のあり方、市場での競争、企業の収益力、在庫の状況などによって、価格が動く程度も時期も異なる。
それでも、軽油価格が生活費と無関係ではない理由は、この連鎖そのものが存在するためである。
農業でも同じことが起こりうる。農林水産省の資料では、農業機械の燃料として軽油が扱われている。トラクターなどを動かす燃料費が増えれば、それは生産者にとって一つの生産費となる。しかし、ここでも燃料費の増加がそのまま農産物価格に移るわけではない。生産者が負担する場合もあれば、流通段階を含めて価格へ反映される場合もある。
漁業では船を動かすために燃料が必要になる。建設現場では、さまざまなディーゼル建設機械が動いている。公共交通にもディーゼル車両がある。このように考えると、軽油は特定の車種のための燃料というより、社会のさまざまな活動を下から支える一つの基礎的な投入物だと見るほうが実態に近い。
ここで、補助によって利益を受ける人を区別して考える必要がある。
最初に負担が軽くなるのは、軽油を実際に購入する事業者や利用者である。物流会社が軽油を買えば物流会社、農家が買えば農家、建設会社が買えば建設会社が直接の受益者になる。
その先に間接的な受益が生じる可能性がある。燃料費の上昇が抑えられた結果、運賃や生産費の上昇が小さくなれば、荷主や取引先の費用増加も抑えられるかもしれない。それがさらに商品やサービスの価格に反映されれば、消費者にも影響が届く。
しかし、この「かもしれない」という部分を消してはいけない。
燃料への補助が1円増えたからといって、消費者が購入する商品の価格が1円安くなるわけではない。価格形成には燃料以外にも、人件費、原材料費、電力費、設備費、賃料、金利、物流費、企業間の契約など多くの要素が関係する。燃料費がどこまで価格へ転嫁されるかも一律ではない。
反対方向の可能性もある。補助によって事業者の負担が軽くなっても、すでに決まっている販売価格がすぐには変わらず、その一部が企業の収益悪化を防ぐために使われることもありうる。それを「消費者に届かなかった」と直ちに評価することも適切ではない。赤字の拡大を防いだ結果として運行や生産、雇用が維持されるなら、それも経済的な効果の一つだからである。
一方で、燃料価格を政策的に抑えることには別の側面もある。
補助には財政負担が伴う。また、本来なら高い価格によって生じるはずの、省エネルギーや燃料転換を促す価格シグナルを弱める可能性もある。燃料を安く保つことで当面の費用上昇を抑えることと、中長期的にエネルギー消費を減らしていくことは、必ずしも同じ方向を向く政策ではない。
したがって、軽油への補助を考えるとき、「ドライバーが得をする政策」とだけ見るのも、「物価をそのまま下げる政策」と見るのも十分ではない。
軽油は、社会の中を移動しながら別の財やサービスを成立させる燃料である。その価格は、給油所からトラックへ、トラックから物流費へ、あるいは農業機械や漁船、建設機械から生産費へと入り込み、そこからさらに私たちが支払う価格へ届く可能性がある。
問題は、その経路があるかどうかではなく、その経路のどこで、誰が、どの程度の負担を引き受けるのかである。
軽油価格への補助を生活費の問題として理解するには、給油所の表示価格だけを見るのでは足りない。一本の商品が店頭へ届くまでに誰が燃料を使い、誰が費用を負担し、その費用がどこまで次の段階へ移されるのかを見る必要がある。
軽油は目立たない。しかし、その価格は社会の裏側を流れる費用の一部であり、だからこそ、運転者だけの問題では終わらないのである。