最低賃金の引き上げをめぐる答申は、賃金という数字を動かす。しかし、非正規労働者にとって重要なのは、時給の上昇だけではなく、どのような時間が増えたのかである。勤務時間が増えて収入が補われる場合もあれば、雇用側が一回あたりのシフトを短くしたり、契約更新や待機の不確実性を残したりすることで、生活を組み立てるための時間はむしろ細切れになる場合もある。
比較社会の視点では、「労働時間」を単純な長さとしてではなく、予測可能性、交渉可能性、休息との境界を含む社会的な資源として捉えたい。制度上の最低ラインが上がっても、ケア、通勤、呼び出し待ち、複数就業の調整といった見えにくい時間が個人に押し戻されるなら、増えたのは自由時間ではなく、生活を維持するための拘束かもしれない。
答申後の変化を考える際には、平均的な就業時間だけでなく、シフトの通知時期、月ごとの変動、希望休の通りやすさ、複数の仕事を組み合わせる必要性を確認する必要がある。賃金の改善を、時間の質と自己決定の改善へどう接続できるのか。非正規労働者自身の経験を中心に、制度の効果を測る物差しを問い直したい。